映画脳

2016.05.17 Tuesday


ひと月以上前に読み終わってるけど、まだ机の隅に置いたままにしてある。
ふとした時に、パラパラと開いては登場する映画監督の名前などを検索するためだ。
5月のカラリと晴れた日に、そんなことをしていると、いつも自宅の窓から見下ろしている通りが
L.A.のサンセット通りに見えてくるのだ。(嘘です)
 

「ゼロヴィル」スティーヴ・エリクソン 訳)柴田元幸
 

1950年生まれのS・エリクソンによって描かれた、1945年生まれのヴィカー青年の物語。
1969年、24歳になったヴィカーがロサンゼルスに到着するところから始まる。
「映画自閉症」である彼は、頭に『陽のあたる場所』のモンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラーを刺青している。
誰かと出会うたび、頭の刺青に不本意なツッコミを入れられつつ、やがて映画業界の異端児として注目されてゆくヴィカー。
しかし彼を抑圧していた過去の記憶がしだいに。。。
 

ヴィカーの(S・エリクソンの)映画脳を通して、当時のロサンゼルスの映像を見せてもらっているようだった。
登場人物たちが語る無数の映画に、その情報量に圧倒される。
各映画そのものを語り合っているだけじゃなくて、喩えとして、世相として、形容詞として機能しているから、
すみずみまで知りたくなってしまう。
何しろタイトル、俳優、監督、作家、作曲家、スキャンダル、全て実在する名称そのままで出てくるし。
(匿名の殺人事件も、特定しやすい特徴が記されていたり)

 映画に詳しくなくても、物語の幹はぶっといからとくに問題ない。
私のように知らないことはそのまま勝手な妄想で進み、気になった部分は後から調べれば、二度楽しい。
 
おしゃれキザ野郎が “映画うんちく” をひけらかしているような小説だったらやだわ、なんて心配もいらない。
坊主熱血野郎(だけど自閉)が映画愛を叫んでいるような小説だから。


登場人物は多くないのに、がやがやと賑やかなイメージが残った。
挙げられた映画の登場人物達が背後にずらーっと顔を出しているせいかもしれない。(透明度30%くらいで)
ものすんごい人数になるけど。



 

 

 
 
  根が優しい。






 
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